Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

aiko

aiko(あいこ、1975年11月22日 - )は日本の女性シンガー・ソングライター。ラジオ番組のDJ等の活動を経て、1998年『あした』でデビュー。「カブトムシ」「花火」「ボーイフレンド」「キラキラ」など多数のヒット曲を発表している。公式ファンクラブ名は「BABY PEENATS」。

シングル
あした(1998年7月17日)
ナキ・ムシ(1999年3月3日)
花火(1999年8月4日)
カブトムシ(1999年11月17日)
桜の時(2000年2月17日)
ボーイフレンド(2000年9月20日)
初恋(2001年2月21日)
ロージー(2001年5月30日)
おやすみなさい(2001年11月21日)
あなたと握手(2002年4月24日)
今度までには(2002年8月14日)
蝶々結び(2003年4月23日)
アンドロメダ(2003年8月6日)
えりあし(2003年11月6日)
かばん(2004年4月28日)
花風(2004年9月1日)
三国駅(2005年2月16日)
キラキラ(2005年8月3日)
スター(2005年11月30日)
雲は白リンゴは赤(2006年7月12日)
シアワセ(2007年5月30日)
星のない世界/横顔(2007年8月22日)
二人(2008年3月12日)
KissHug(2008年7月23日)






■コメント
たまにはROCKから離れてこーゆうのもいいな

ウルフルズ

ウルフルズ (ulfuls) は、日本のロックバンド。1988年に結成。1992年、東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。公式ファンクラブ名は「ウルフルクラブ」である。

概要
1988年、英語の歌詞を用いたネオ・サイケバンド、D'fで活動していたウルフルケイスケが、大阪・中津のインド喫茶「カンテ・グランデ」(通称:カンテG)のバイト仲間であるトータス松本を何度かセッションに誘ったのち、D'fを脱退。松本らとともにウルフルズを結成。その後、ドラマーが脱退したため、客としてライブに来ていたサンコンJr.を勧誘。バンドに迎え入れた。

バンド名は、メンバーお気に入りのLPレコードのジャケットの帯にあった「ソウルフル」が改行のため「ウルフル」と読めたことに由来する。オオカミとは無関係。

1990年6月に東京での初ライヴ。1992年5月13日に東芝EMIからシングル『やぶれかぶれ』でデビュー。6月17日ファーストアルバム『爆発オンパレード』をリリース。

1996年、6枚目のシングル『ガッツだぜ!!』、続く7枚目のシングル『バンザイ 〜好きでよかった〜』、サード・アルバム『バンザイ』をリリース。アルバム『バンザイ』は100万枚を超える累計売上を記録した。同年、NHK紅白歌合戦に初出場。その際「『ガッツだぜ!!』の歌詞の一部が卑猥だ」として歌詞を変えるか否かが問題となり、最終的に一部分のみを変更した。

1999年、ベーシストのジョン・B・チョッパーが脱退し作家に転身。3人編成となる。

2001年、『明日があるさ』をリリース。同年、吉本興業オールスターズとも言えるRe:Japanとのコラボレーションで再び紅白歌合戦に出場した。

2002年『ウルフルズ10周年5時間ライブ!! 〜50曲ぐらい歌います〜』にジョン・B・チョッパーが出演。2003年6月1日に日比谷野外音楽堂にて行われたフリーライブにて正式に復帰、再び4人編成となった(ジョン・B・チョッパー脱退時、ライブやレコーディングを支えていたベーシストは、順にCHIROLYN、上野イチロー、高橋"Jr."知治の3人である。2000年以降2007年現在まで、ライブはキーボードの伊東ミキオを加え、5人で行っている。一部イベントやライブを除く。大々的に一般募集もしたが、かなりの応募があったが適役がいなかったとのこと。)

2003年に発売された『ええねん』は関西では「この年の日本シリーズで日本一を逃した阪神タイガースのファンの気持ちを代弁する曲」としても受け入れられたという見方がある[1]。もっとも、この曲が完成したのは阪神タイガースがリーグ優勝を決める2か月近く前のことである。『ええねん』は地元大阪のラジオ局FM802のOSAKAN HOT 100ではJ-POPとしては最長の9週連続1位を記録した。

2007年1月1日にワーナーミュージック・ジャパンに移籍。同時に、2007年に発売するシングル『情熱 A GO-GO』の歌詞を発表した。

メンバー
メンバーの詳細は当該項目を参照のこと

トータス松本(ボーカル、ギター)
ウルフルケイスケ(ボーカル、ギター)
ジョン・B・チョッパー(ベース、コーラス)
サンコンJr.(ドラム、コーラス)







■コメント
元気になる

サンボマスター

サンボマスターは、日本のロックバンド。ソニー・ミュージックレコーズ内のMASTERSIX FOUNDATIONに所属している。

メンバー
山口 隆(やまぐち たかし、1976年2月8日 - ) 福島県会津若松市出身。ボーカル・ギター担当。東洋大学法学部卒業
近藤 洋一(こんどう よういち、1977年6月16日 - ) 栃木県下野市出身。ベース・コーラス担当。
木内 泰史(きうち やすふみ、1976年8月4日 - ) 千葉県袖ヶ浦市出身。ドラム・コーラス担当。

来歴・概要
2000年2月、東洋大学の音楽サークルで山口と木内の2人で結成され、後に近藤も加わり現在のスリーピースとなる。当時はバンド名が無く、候補として「400勝投手」「くるくるパー」「泪橋」などがあったが4月に高円寺のライブハウスShow Boatにて「サンボマスター」の名が付き、同時に初ライブを行なった。サンボマスターとは、木内と近藤が以前所属していたバンド「うなずきトリオ」(トリオであるが4人組)で作られた曲名より名づけられた。7月にはインディーズアルバム『キックの鬼』を5ヶ月かけてレコーディング、2001年発売。

オナニーマシーンのメンバー・イノマーやマキシマムザホルモンのドラマー・ナヲ、LOST IN TIMEの海北大輔はアルバム「新しき日本語ロックの道と光」にてコーラスを担当していたことがある。またそのアルバムの歌詞ジャケットの冒頭解説はガガガSPのコザック前田が著した。

2003年7月、『放課後の性春』(オナニーマシーンとのスプリットアルバム)で、メジャーデビューを果たした。

2004年には劇団・大人計画を率いる松尾スズキが監督した映画『恋の門』の主題歌に『月に咲く花のようになるの』が選ばれる。 この年のカウントダウンジャパンフェスでは2004→2005のカウントダウンライブを1万人規模のステージで行う。 2005年、フジテレビ系テレビドラマ『電車男』の主題歌、「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」がヒット。エンディングには、秋葉原駅の5番、6番ホーム(総武本線)で撮影された本人出演の映像が流れた。この映像のエキストラは公式ウェブサイトで募集され2005年6月に撮影された。2005年9月22日放送のドラマの最終回では、本編に出演。

2005年11月18日、TBSの「筑紫哲也 NEWS23」に生出演。筑紫哲也と音楽だけではなくアメリカと政治・平和など普段、音楽番組では見られないような対談を行った。

2005年山口が尊敬する作詞者阿久悠の曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」をカヴァー。ジョージア缶コーヒーのCMソング(CMには竹中直人・丸山和也・野茂英雄が出演。3人の若い頃の映像が登場)として放送された。

ボーカルの山口が作詞作曲を担当。ライブでの暑苦しいパフォーマンスが話題となり人気バンドに。CX系お笑いバラエティ『はねるのトびら』でかっこいい男を嫌うバンド「ブサンボマスター」としてパロディの題材にもされたが、このパロディはサンボマスターのファンの間で賛否両論を集めた。山口はそれほど嫌っているわけではないが、「もっとファンと話し合って欲しかった」とのこと。そのためリリースしたCD「言いたいことも言えずに」も「ブサンボマスター」名義ではない。

2007年1月から「新しき日本語ロックキャンペーン2007」と題したイベント、「世界ロック選抜」がスタート。 最終大会の9月1日には両国国技館にて6時間超にわたり、約5000人の観客を前に、今までリリースした楽曲全55曲の演奏を見事に達成した。

音楽の特徴
山口の個性的なボーカルや風貌ばかりに目が行ってしまいがちだが、サウンドはシャウトを多用するストレートなパンク・ロックが主体。同時に、ソウルやファンクの影響も見られる。

曲間に山口の語りが多く入れられる。ライブではその時の想いをそのまま伝えるため、本来の歌詞やリズムなどをそっちのけにして語り続けることもしばしばある。歌詞の内容は愛情を率直にストレートに唄ったものが多い。また、レコーディングは1発録りである。





■コメント
↑の2曲が好きです。

ティンバランド Timbaland

ティンバランド(Timbaland、本名Timothy Z. Mosley、1971年3月10日 - )は、アメリカ合衆国バージニア州ノーフォーク出身のヒップホップ・R&B系音楽プロデューサー・ラッパー。愛称はティム、ティンボ。1996年にアリーヤのプロデュースで頭角を表し、2000年代は弟子であるデンジャと共にネリー・ファータド、ジャスティン・ティンバーレイク、宇多田ヒカルなどの数多くのアーティストをプロデュース。ミッシー・エリオットとは親交が深く、彼女のアルバムがリリースされる度にほとんどの楽曲を共同製作している。弟のセバスチャンもラッパー。


ニーヨ Ne-Yo

ニーヨ(Ne-Yo 本名:Shaffer Chimere Smith 1982年10月18日-)はアメリカ合衆国アーカンソー州出身[1]のR&Bシンガーソングライター、プロデューサー。両親はアフリカ系アメリカ人と中国系アメリカ人。

来歴
ネバダ州ラスベガスにて母親はピアニスト、父親はベーシスト、家族全員がシンガーという音楽一家の家庭環境で育つ。高校時代にエンヴィー(Envy)というボーカルグループに所属。 マーカス・ヒューストンの『That Girl』がデビュー曲になる予定だった。 名前は友人がマトリックスでキアヌ・リーブス演じるネオ(Neo)から付けた。権利上の都合や新しいものだという意味をこめ、綴りをNe-Yoに。

デフ・ジャムとの契約を機にピーディ・ピーディ(Peedi Peedi)の『Stay』やゴーストフェイス・キラー(Ghostface Killah)の『Get Down Like That (Remix)』など多くのアーティストと競演したり、プロデュースしたりしている。デビュー前にマリオ(Mario)の2004年リリースの『Let Me Love You』にトラック提供している。

2006年には満を持してデビューを果たす。

2006年には日本の3人組コーラスグループFull Of Harmonyの『BRAND NEW DAY』をプロデュース。

2008年9月12日放送のミュージックステーションにて、日本には7回来日しており、日本のアニメやマンガが大好きで、学生時代は授業中によくマンガを描いていたと告白した。

シングル
ステイ - Stay (2005年)
ソー・シック - So Sick (2006年)
ウェン・ユア・マッド - When You're Mad (2006年)
セクシー・ラヴ - Sexy Love (2006年)
ビコーズ・オブ・ユー - Because of You (2007年)
ドゥ・ユー - Do You (2007年)
キャン・ウィ・チル - Can We Chill (2007年)
ゴー・オン・ガール - Go on Girl (2007年)
クローサー - Closer (2008年)
ミス・インディペンデント - Miss Independent (2008年)
マッド - Mad (2008年)
プロフィール

Author:レオン君
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード